『「ネオ・チャイナリスク」研究 ヘゲモニーなき世界の支配構造』(柯隆,2021年5月,慶應大学出版)の要約です。記事の最後に留意点を付記しています。
1. 中国は1978年の「改革・開放」以降、急速な経済発展を遂げてきたが、そのスピードが速すぎて、伝統的な価値観は喪失してしまっている。
・中国は1980年以降の40年間で、一人当たりGDPは約35倍(1万ドル超)、GDP総額では約100倍(14兆ドル)と目覚ましい発展を遂げている。
・この30年間の外資企業を積極的に誘致して、製造業を発展させて外国企業の下請けとなり、今や中国は世界の工場といわれ、その存在無くしては世界がまわらないまでになっている。
・しかし一方で、ほとんどの中国人はその速さにキャッチアップすることができずにおり、目まぐるしい変化についていけず、取り残されている。
・その結果として、これまでの伝統的な価値観が次々に失われ、ないがしろにされている。
・これに代わって、「発展」、「進歩」ということのみが奨励される社会になってしまった。
・鄧小平の「改革・開放」(1978年)以降、共産党は経済の部分的な自由化は認めるが、言論の自由を受け入れていない。
・現代の中国社会では、金持ちになることは許されるが、政府に対する批判は許さないことが常識となっている(p.57)。
2. 「実利主義」(realize)の偏重によって、14億総拝金主義に走り、短期間で利益を上げられないこと、例えば科学技術の基礎研究はなおざりにされている。
・中国では、「結果よければすべてよし」という考え方が当たり前で、例えば、都市開発の際に、住民の合意が形成されていなくても、強制的に立ち退きさせてしまう。
・都市開発をすることの方が、住民が自分の家で暮らす幸せよりも経済的合理性がある、とみなされるからだ。
・中国社会の最も重要な理論的背景には、「実利主義」(realism)があり、たとえ決まった法律やルールがあったとしても、合理性に欠けると判断された場合は、いつでもどこでもそれが破られてしまう危険がある。
・「目的は手段を合理化する」という考え方こそ、毛沢東のDNAからの最も重要なレガシーとなっている。
・そのため、「改革・開放」以降の中国人は、毛沢東時代の貧しい生活に見切りをつけ、一斉に金儲けに向かって全速力で走る、という拝金主義に陥っている。
・また何をやる場合でも、損得勘定が優先されるため、科学技術の基礎研究を行うなどという時間のかかることには人気がない。短期間で利益を得る見込みが低いからだ。
・これは中国人研究者がノーベル賞を受賞できていない理由とも考えられている。
・ノーベル賞ならずとも、落ち着いて技術を磨こうというベクトルすらみられない。
3. 中国はGDP世界2位の大国になったが、実質ジニ係数は0.6と言われ貧富の格差はむしろ広がっている。「先富論」によって豊かになった人たちだけが、経済成長の恩恵に与っている。
・2019年の中国の一人当たりGDPは1万ドルを超えているが、その一方で実際のジニ係数は0.6を超えていると言われている(ジニ指数は0.3以下であれば格差が小さい、0.4を超えると社会が混乱すると言われている)。
・2020年、李克強首相は記者からの質問に「中国では、依然として6億人はひと月1,000万元(約16,000円)未満の生活を強いられている」と述べた(p.3)。
・中国の総人口は約14億人だが、少なくとも2~3億人は依然として貧困状態にあると考えられている。
・北京大学が2015年に発表した「中国民生発展報告2015」によると、中国上位1%の富裕層は国全体の富の1/3を支配していると言われる。逆に、下位25%の低所得層は国全体の富の1%しか所有していない。
・国全体、平均のGDPは著しく大きくなっている一方、貧富の格差は広がっていると言えるだろう。
・改革・開放以降、鄧小平は「先富論」を提唱し、(みんな一緒でなくても)豊かになれるものから豊かになっていこう、と言った。その結果として、中国経済は成長し、そして一握りの人たちだけが豊かになった。
・富の分配は共産党を中核として同心円上で色分けられており、中心からの距離が近いほど多く分配される。最も遠いのが農民と言われている。
・現代中国には様々な格差があるが、①地域間格差、②階級間格差が最も深刻である。
・広い中国では地域性が強く、食習慣、言語(方言)などが大きく異なっている。内陸部では経済発展が遅れており、地域間格差は固定化しやすいと言われている。
・格差を放置しておくと、内陸部で山賊などが出没し、将来的に「諸侯」となり、地域を支配する危険がある。
・階級間格差の要因の1つはすべての戸籍について「農業戸籍」と「非農業戸籍」に分け、戸籍の移動ができなくしたことにある。建国当初は12%だった都市人口は2019年には60%に達しているが、40%は相変わらず農業戸籍のままである。
・都市で豊かな生活を送っている人と農村の暮らしは、日本人には考えられないほどの格差がある。
4. 習近平政権下で、鄧小平の「韜光養晦」から力による外交「戦狼外交」への転換が明白になっている。その背景には中国の経済力があるが、結果として、他国からみた中国と中国人のイメージが大きく棄損している。これからの中国が既存の国際ルールに従うかどうかが、国際社会の大きな関心を集めている。
・鄧小平は改革・開放当初、「韜光養晦、有所作為(実力のないうちはじっと目立たぬように控えめにふるまい、ひたすら力を蓄えることに努める)」の姿勢をみせていた。
・しかし、習政権になってから中国外交は一変した。「韜光養晦(とうこうようかい)」は退場し、「戦狼外交(せんろうがいこう)」と言われる攻めの外向が登場した。その分かりやすい例が中国報道官の言動や横柄な態度だろう。
・他国のメディアを通じて母国中国の会見を見ると、中国報道官の言動や振る舞いが、上から目線であることに気づいた(p.7)。
・その横柄な態度や強気の言葉遣いから、どんなことがあっても絶対に自分の非を認めることなく、自分たちが常に正しいという傲慢な姿勢だ(p.7)。
・中国のこのような偉そうな態度が海外に発信されると、国際社会において中国と中国人のイメージを悪くしてしまうことに憂慮せざるを得ない(p.7)。
・「戦狼外交」への転換の原因は2つ考えられる。
・1つは中国の国力が過大評価されていることだ。国内の一部の専門家が中国の国力を過大評価する談話を次々と発表している。
・最近は政府にとって不都合な発言は許されないという言論統制が強化されており、結果としてイエスマンの大合唱が中国の指導部をミスリードしている。
・もう1つはこれまでの150年間の歴史による被害者意識とナショナリズムの高揚があり、中国が(中国こそ)世界のリーダーになるという願望が高まっていることだ。
・これからは中国が世界をリードする時代であるという論調は、先進国の一部の論者にも支持されている。彼らは、これからは「中国の世紀」になるとまで断言している。
・しかし実際は、「戦狼外交」によって手当たり次第に多くの国とトラブルを起こす、トラブルメーカーになってしまっている。
・国際社会で最も注目を集めている懸案の1つに、南シナ海と東シナ海への中国の海洋進出戦略がある。これまで「平和的に」台頭してきた中国が、今後既存の国際ルールに従うかどうかが国際社会の大きな問題となっている。
・習政権がこのような強気の「戦狼」外交を展開しているのは、強い経済力を背景とする強くて大きな中国に対する自信である。
5. 中国の官製メディアの情報は真実でない内容が多いため、これをベースに分析を行うと間違った結果を導き出す危険性がある。中国以外の国連や世界銀行のデータベースの中国データの方が真実に近い。
・中国人以外の研究者等は中国の公式メディアを丹念に読み込んで分析を行う人もいるが、残念ながら中国の公式メディアの報道は真実でない内容が多い。そのため、中国人研究者は官製メディアを利用しない。
・国連や世界銀行のデータベース、米国や英国のシンクタンクの研究レポートなどの、中国以外から入手できる中国情報の方が真実に近いものなので、研究に役立つ。
・情報が真実か否かを見極めるには、常識的に考えて正しそうかどうかで判断することだ。
6. 習近平政権は強国復権、さらに赤い帝国の構築を目指している。そのための国力強化策として、「一帯一路」、「AIIB」、「九段線」、「千人計画」と矢継ぎ早に施策を実施し、国際社会の反発を招いている。
・習近平政権は「韜光養晦」は卒業し、旧ソ連に代わって新しい覇権時代の「雄」に躍り出たことを猛アピールしている。
・具体的には、往年のシルクロード交易の復活をもくろんだ、「一帯一路」構想、アジア開発銀行に対して「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)を提唱(国際金融秩序への挑戦)、南シナ海の領有権を主張し、「九段線(U字線、牛舌線とも)」を設立するなど、国際社会で様々な摩擦を生んでいる。
・「一帯一路」イニシアティブは当初、順調に進むかと思われたが、一部の新興国で背丈に合わないインフラプロジェクトの建設は当該国を債務の罠に陥れてしまうのではないかとの批判が噴出している。合意したプロジェクトをキャンセルする国すらでてきている。
・AIIBも多くの国が参加してスタートしたが、順風満帆とは言えない状況となっている。
・中国の歴代王朝は興隆をきわめ、世界の中心となった時期もあったが、外国を支配しようとはしなかった。その理由として考えられるのは、中国は世界で最も豊かな中心国であり、外国は野蛮民族である(支配するに値しない)という強い自意識であろう。
・途上国に対して惜しみなく経済援助を行うことにより、途上国のリーダーたちは我先にと北京に「朝貢」にくるだろうが、カネをばらまくだけでは世界のリーダーにはなれない。世界と価値観、文化、文明を共有し、尊敬される国にならなくてはいけない(p.99)。
・習近平が目指しているのは「中華民族の偉大なる復興」のようだが、それは共産党の一党体制の堅持、すなわち「赤い帝国」を構築していくことと同義となる。
・もし国家資本主義から国家社会主義へと舵が切られた場合、中国経済は成長が急速に鈍化する可能性が高くなる。厳しく管理された社会は、社会のすべての構成員の自由が奪われ、社会全体が活力を失っていくだろう。
7. 従来のチャイナリスクとは、外国企業が中国に進出する際に考慮にいれて、対処を検討しておかなくてはいけない中国国内でビジネスをする際のリスクを指していた。
・これまで言われていたチャイナリスクとは、主に外国企業の視点から、中国国内に進出してビジネスを行う際に起こるであろうリスク、中国国内の問題点を指していた。
・具体的には、以下の点が挙げられる。
①イデオロギーの相違により、資本主義的ルールが通用しない、
②企業活動のオペレーション
③経済環境が独特で、ある日突然工場の操業がストップする、ある日突然法律が変わる
④セキュリティー・リスクがある。情報の非対称性が激しい。外国人ビジネスマン・ジャーナリストがある日突然明確な理由も分からず逮捕拘留され裁判にかけられる可能性がある。
⑤社会政治関連リスク
⑥習近平政権のサステナビリティ(持続可能性)のリスク
・さらに、将来的なチャイナリスクとして、2方向のリスクがある。
・1つは中国経済がこのまま成長し続け、中国が台頭することによる中国的ヘゲモニーがもたらす国際社会の不安定性が考えられる。
・もう1つは中国社会と中国経済はすでにグローバル社会に組み入れられており、中国経済の成長が大きく減速した場合に、世界経済がともに原則するリスクである。
・極論すれば、中国経済が成長してもしなくても、グローバル社会にとっては深刻なリスクとなる可能性がある。
8. ネオ・チャイナリスクとは、中国が既存の国際社会のルールを守らずに、力による覇権を目指すことにより、グローバル社会の地殻変動を起こすことの危険性を意味している。
・しかし今日、チャイナリスクのフェーズが変わりつつある。中国国内にとどまらず、世界において中国が行う国際活動がグローバル社会にどのような(悪い)影響を与えるか、という観点からもチャイナリスクを考えていかなくてはならない。
・中国はすでにグローバル経済に組み入れられており、この40年間、中国は外資の誘致と輸出に依存する経済モデルを構築した。中国は「世界の工場」と呼ばれ、もし「世界の工場」の稼働が止まれば、世界中に混乱を起こすのは既にCOVID-19で経験済みだろう。
・中国サイドからみても、グローバル社会とのデカップリングは避けたいと考えているはずだ。中国が今さら完全に門戸を閉ざすことは不可能になっている。
・問題となっているのは、台頭してきた中国が既存の国際ルールに従うかどうかである。既存のルールを破壊し、中国版国際ルールの構築を図る可能性もあり、それはグローバル社会の地殻変動、すなわちネオ・チャイナリスクを意味している。
9. 1978年の鄧小平の「改革・開放」以降、中国は急速な経済成長を遂げてきたが、民主主義及び法治制度の整備を置き去りにして、経済だけをある程度自由化するという異例の手法をとっている。そのため、ここにきてひずみが大きくなり、経済成長の鈍化傾向が明らかになっている。
・毛沢東が死去した後、1978年鄧小平は「改革・開放」に着手し、経済成長を実現させる方向に舵を切った。当初、その実現には米国の協力が必要であり、中国の経済発展は平和的にすすめるべきことを十分に認識していた。
・中でもWTO加盟(2001年)、北京オリンピック(2008年)、上海万博(2010年)は中国経済がグローバル化する推進力だった。
・その結果、40年足らずの間に、中国の経済は目覚ましい成長を遂げた。しかしここにきて、政治と社会を置き去りにして、経済だけをある程度自由化するという、歪んだ形での発展にはひずみが表出して、成長が減速しつつある。
・その原因は、人民の自由と基本的人権を保障する民主主義と法治制度といった基盤を整備することなく、ここまで来たことに起因していると考えられる。
・門戸を開放して中国にとって有益な先進技術のみ受け入れるが、思想や価値観を受け入れないと言うやり方では、「改革・開放」が順調に進むことはないだろう。
・中国の政治改革は1989年に起きた天安門事件がターニングポイントとなっており、この事件をきっかけに、共産党指導部は民主化を容認すれば、究極的には共産党が下野することになるため、それは絶対に阻止すべし、と心に誓った。
・またこの40年間、共産党幹部は政府による市場介入を否定したことはないし、市場経済メカニズムはあくまで補完的な役割しか果たさないと考えていた。
・Eコマースのアリババが成功した巨大民営企業となりながら存続できたのは、国有企業がこの分野に参入していないからである。逆に言えば、民営企業は国有企業が支配する分野には参入できない。
・また技術力という点では、客観的に見て、中国の技術力はそれなりの発展を遂げたが、超一流の技術はほとんど習得できていないのが実情であろう。
10. 知識人の権力に迎合・斟酌する影響もあり、中国が自らの国力を過大評価し、それを真に受けた共産党指導部がさらなる過大評価をするという循環にはまっている。
・2018年、北京で開かれたあるフォーラムで、清華大学の胡鞍鋼教授はプレゼンの中で「我が国は科学技術において既に米国を全面的に凌駕している」と豪語した。北京ナンバーワンのビックマウスと呼ばれる清華大学の胡教授の発言は中国に政治指導者をミスリードしただけでなく、図らずも世界主要国に中国の台頭を警戒するよう目覚めさせた立役者となった(p.20)。
・最近の中国の外国の批判に絶対に屈服しない中国の外交姿勢は「戦狼外交」と呼ばれ、多くの国と摩擦を起こしている。このような状況は、中国が自らの国力を過大評価していることとから生じている。
・中国出身の研究者は、中国官製メディアの報道の中には、「仮」「嘘」「大(おおげさ)」「空(空虚)」の情報は多く含まれていることを知っている。
・「環球時報」の編集長・胡錫進(こ・しゃくしん)はインターネットのSNSで「われわれは24時間で台湾を攻略することができる」と豪語している。北京大学の林毅夫は、中国経済は2008年から20年間、年平均8%の成長を続ける潜在力があり、購買力平価で評価すれば、中国は2015年に米国を凌いで世界一の規模になると予言していた(p.101)。
・知識人の間で権力者に迎合する風潮が強く、それが更に中国共産党指導部をミスリードするという悪循環となっている。
11. 40年前は発展途上国だった中国は、今やグローバル・スタンダードを破壊しようとするトラブルメーカーと化している。台頭してきた中国と国際社会の対立が、グローバル社会を不安定にさせている。
・グローバル社会は不安定期に突入しているが、その原因の1つは中国の台頭にあると言われている。
・「改革・開放」が始動した40年前の中国は、名実ともに発展途上国だった。当時の国際社会のコンセンサスは、今後の中国経済発展は世界の平和と安定に資すると考えた。
・民主主義陣営が中国のレジームチェンジを急がなかったのは、経済が自由化し、国民生活が豊かになれば、自然と民主化を求める潮流が起こってくると期待したからだ。しかし、その期待は見事に裏切られた。
・現在、著しい経済発展を成し遂げた中国は、グローバル社会とそのルールを大きく変更しようと企む、トラブルメーカーとしての存在感を増している。
・このようなグローバル・スタンダードと中国との対立が、国際社会を深刻な不安に陥れており、その1つの典型が米中対立である。
12. 独裁者、毛沢東の負のレガシーを清算することなく、中国が民主化していくことはできない。
・独裁政権の指導者、スターリン、ポル・ポト等は今では一般的に残虐な暴君だったことが認識されている。
・しかし、中国で毛沢東は依然として祀り上げられており、批判することはタブー視されている。
・毛沢東の統治した27年間は中国の暗黒時代だったにもかかわらず、「改革・開放」以来、毛の罪が問われることはなく、その負のレガシーはいまだに清算されていない。
・独裁者・毛に対する崇拝と民主主義制度とは水と油の関係にあり、このレガシーの清算なくして、民主化への道はありえない。
・鄧小平は復権後に毛時代の過ちを十分に清算せず、そのほとんどの責任を四人組に着せた。一方で、小平は中国社会に資本主義の要素を取り入れて「改革・開放」を始めた。
13. 中国経済の成長は鈍化の兆しを見せており、将来的に共産党の求心力低下の恐れがある。「改革・開放」以降、欠陥を包含しながら急成長を遂げてきた中国経済は分水嶺に差し掛かっている。中国政治ウオッチャーは習近平政権がどのような形で終わりを告げるかに注目している。
・中国は経済が急成長している間は、人々の不満をかなりの程度まで抑え込むことができるだろう。ただし、経済成長と一緒に所得格差が大きく広がっていく場合は、逆効果になってしまうこともある。
・今は40年前とは異なり、多くの中国人が海外旅行に出かけ、外国の教育機関へ留学し、海外ではどのようなことが起きているかの知識を持っている。
・共産党政権が盤石であるためには、党幹部にどれだけの特権を与えられ続けるかにかかっていると言える。
・もし経済成長が鈍化し、共産党幹部が享受できる特典がごっそり減るようなことになれば、共産党への求心力はおのずと低下してしまう。今、その分水嶺に差し掛かっている。
・共産党幹部の腐敗は横行し、それに対するガバナンスははたらいていない。
・制度の欠陥は、経済が順調に成長している間、水面の上に現れてこないだろうが、成長が減速すれば、制度面の欠陥がもたらした負の遺産は一気に浮上してくるだろう。それは中国経済のリスクである(p.163)。
・中国経済は短期的にはクラッシュする可能性は大きくない。多国籍企業を中心にサプライチェーンを合理化する動きも、それほど急激には進んでいない。
・短期的に心配されているのは、ハイテク企業が米国政府の制裁の影響を受けて、日米韓台などの企業が中国企業との取引をストップすることである。それによって中国の産業構造の高度化が遅れる可能性が高まっている。
・改革・開放は40年前に、法律などの制度設計が行われず、改革・開放は見切り発車したが、これからはそれが出来ない。しばらくはこれまでのたくわえを取り崩して進むことが出来るが、中国社会の図体は大きいため、そのストックを使いつくすのは時間の問題かもしれない(p.294)。
・今となって、中国政治ウオッチャーは習政権がいつまで存続するかというよりも、どのような形で終わるかに注目している(p.55)。
14. 毛時代から「档案(とうあん)」という仕組みで共産党に監視されていた中国人は、今や監視カメラとシステムによって、日常的に監視されている。中国はすでに世界一の監視社会になっている。
・2000年代に入ってから、IT技術の発展によって、監視カメラの設置と情報処理システムが急速な進歩を遂げている。
・2018年の世界の監視カメラとシステムの市場規模は182億ドルだった。2021年には中国市場の割合は50%を超えるとみられている。
・中国ではICチップが組み込まれたIDカードはほぼ100%普及しており、飛行機に乗る、高速道路を使う、ホテルに泊まる、銀行で口座を作るといった日常的なあらゆる場面でIDカードの提示が求められる。
・これはリベラルな知識人の間で、現代版・オーウエル『1984』と揶揄されている(p.99)。
・監視カメラのない時代から、中国では「档案(とうあん)」という個人のプロファイルがあり、個人の学歴や職歴から、その政治姿勢などについてすべてが詳しく記録されている。怖いのは本人の「档案」を自分では閲覧することができないことだ。
・中国では情報システムを人々の行動をリアルタイムで察知し、政治にとって不都合なことを予知することを目的に使っており。中国はすでに世界一の監視社会になっているのだ。
15. 昔から横行していた共産党幹部の腐敗は、特権として認められたものに加え、民営企業からの収賄などの非制度化されたものが加わり、より加速している。共産党幹部は誰からも監督を受けずにいるため、鉄則通り腐敗への道を進んでいる。
・現在の中国では、毛時代と比べて、共産党幹部の腐敗と格差の問題はどちらもかなり見える形で表れてきている。特に習政権になってから、260万人以上の腐敗幹部が追放され、マスコミで報道されている。
・共産党政府は人民に監督されてはおらず、どんな過ちを犯しても誰も責任をとらない。
・誰からも監督を受けない権力者は必ず腐敗すると言うのが鉄則だ。260万人以上もの腐敗幹部が追放された事実から、既存の制度に構造的な問題があると言わざるを得ない。
・毛時代の腐敗は主として共産党幹部の特権が制度的に認められたものだったが、「改革・開放」以降、これに加え、民営企業から収賄など非制度化の腐敗が横行している。非制度化の腐敗はコントロール不可能である。
・共産党幹部は制度化された腐敗だけでは満足できずに、収賄や横領などで蓄財する動きが盛んになっている。
16. 米中対立は貿易不均衡に端を発したが、中国市場の不透明性と知的財産侵害の問題に発展し、さらに民主主義などのイデオロギー問題にまでなっている。両国の信頼関係は完全に壊れてしまい、その修復は非常に難しい。
・米中対立が激化した最も深刻な影響は、両国の間の信頼関係が完全に壊れてしまったことである。ここまで悪化したのは、知米派の中国人が少なく、米国を知らなさ過ぎたからである。
・貿易不均衡をもたらす原因として、産業構造と貯蓄・投資バランスに加え、商習慣が公正性を挙げることができる。
・米中貿易摩擦のきっかけは貿易不均衡だったが、本質的な原因は中国市場の不透明性と知的財産権侵害などにある。
・米中対立の第1ステージでは、多くの米国人は中国からの輸入品に頼っている以上、対中貿易赤字拡大はやむなしと考えていた。しかし、次の第2ステージのハイテク技術をめぐる対立になると、米国の政治家や教育レベルの高い所得層を目覚めさせた。中国の国際秩序を守らない拡張路線は米国にとって脅威となっていることに気づいたのだ。第3ステージに入って、香港の1国2制度維持という約束を反故にしたことで、73%の米国人は中国の事を好ましく思わなくなった(p.40)。
・問題は米中対立が米国の国民感情を悪化させていることにある。50歳以上の米国人は81%が中国を好ましく思っていない。
・米国の国民が対中感情を悪化させた理由の1つに、中国外交部報道官の強硬な態度にあると言われている。報道官の1人がツイッターで新型コロナウイルスは米軍によって中国に持ち込まれたとつぶやき、世界の人々を驚かせた。このツイートには何の裏付けもない。
・実は、中国のウイルス研究所の内部管理のずさんさが原因でウイルスが外部に漏洩してしまったとの報道がある。これがコロナウイルスであると言われており、米国に亡命した中国人科学者が証言している(p.73)。
・ウイルスの漏洩は意図的でなければ、単なる事故であり、その感染と影響を早期抑制により、グローバル問題への発展を食い止められた。残念ながら、現場の管理者は責任を逃れるため、ウイルスの漏洩をないがしろにし、気づいたらウイルスの感染は世界に拡大していた(p.73)。
・バイデン政権は中国を「米国に対する挑戦者であり、競争相手」と位置付けており、両国間は一触即発関係ではないが、その距離はすこしずつ遠ざかっている。
・米国は人権侵害や民主主義などのイデオロギーを問題としており、中国の政治体制に直結するもので、中国としては譲れない分野である。
・バイデン政権は同盟国との関係を強化しながら、対中戦略を講じていくものと思われる。
17. 日本は中国との関係を築いていくに当たって、中国と付き合わないとい選択肢はなく、日本の国益を最大化するための戦略と原則を構築し、中国とディールしていかなくてはならない。日本は諸外国への情報発信が不十分であり、中国ともお互いの性質の違いを理解し、話し合っていく必要があろう。
・中国との外交において、日本は国益を最大化するために戦略と原則を構築しなければならない。
・日中関係が日本にとって脅威かどうかではなく、中国と付き合わないという選択肢はないことを理解しなくてはならない。付き合うのであれば、国益にかなったものにするべきだ。
・日本は国家安全保障を米国にかなり依存している一方、経済はかなりの程度中国に依存しているという現実がある。
・互いに善く知るようになれば、戦争は起こりにくいと言う国際政治学者たちがいる。日本は中国外交のみならず、諸外国への情報発信が十分とはいえない。
・日本の海外への情報発信体制は貧弱であり、その結果として外国人は日本の事をよくしらず、日本人は外国の事に無関心である。
・国際社会はこれまでの国際秩序を見直し、新しい国際秩序を再構築する時期になってきている。米国という超大国一国にリードされる時代はすでに終焉を迎え、国際機関のほとんどは機能せず、国連も機能不全状態となっている。
・日本は「理」を重んじ、理屈をこね回す傾向にある。一方、中国は理屈以前に「情」に訴える。中国人は一般的に理屈をこねるのは得意ではない。
・両国はこの溝を埋める努力をしながら、日中関係を築いていく必要があろう。
18. 習政権が目指しているのは、習近平国家主席への個人崇拝を高めることである。国家プロジェクトはそのために存在し、いわば習近平自身の面子プロジェクトといえる。これらプロジェクトはすべて中国の強国復権、習近平の皇帝化を目指している。
・習政権が目指しているのは、習近平国家主席への個人崇拝を高め、王朝の帝となることである。歴史的には、中国では賢帝や名君を崇拝する土壌がある。ただし、賢帝か名宰相でなければ長期にわたって崇拝されることはない。
・中国では政治指導者が選挙の洗礼を受ける必要がないため、国家が行うプロジェクトの目的は、「自らに対する崇拝を煽る」ためである。そのため、多くのプロジェクトは指導者個人の「面子」プロジェクトといえる。
・「一帯一路」イニシアティブ、「中国製造2025」、人材リクルートプログラム「千人計画」のベクトルは、すべて中国を強国にする方向を向いている。
19. 中国では言論統制のためのメディアとインターネットによる統制強化が進んでいる。建設的な政策提言を行うこともできず、政府系シンクタンクは共産党の要望に応えることをその任務と心得ているため、政策策定のための正しいデータを入手することも出来ない。
・習近平政権の「功績」の1つに、言論統制のためのメディアとインターネットによる統制強化がある。
・近年は、リベラルな教授たちの建設的な政策提言も、「政権転覆罪」に問われることがある。
・政策の立案においてデータを正しく収集し、正しく解析することは必須となるが、中国には、純粋な民間シンクタンクはほとんど存在せず、その目的はもっぱら政府共産党が何を必要としているか、それに応えることとなっている。
20. 中国では、中国人も中国でビジネスを行う外国企業も「関係」が最も大切である。「関係」は互恵関係であり、暗黙知である。ビジネスでは、共産党上層部に便宜を供与できるかどうかで、「関係」(ディール)の成立が決まる。
・中国人は、役所で手続するとき、病院へ行くときにまず知り合いがいないかしらべ、つてをたどって手続きを行う。知り合いがいなければトラブルになる可能性が高いからだ。
・中国では、つては「関係」(guanxi)と呼ばれ、「関係」は制度よりも重要であり、「関係」がなければ、何もスムーズにできない。
・「関係」は原則的に互恵でなければならず。単に「知っている」だけでは役に立たない。互恵が崩れてしまうと、「関係」もおのずと崩れてしまう。「関係」にはある種の冷淡さが潜んでいる。
・中国社会の「関係」の中で、あるグループに属する個人は、そのグループに君臨するリーダーに支配されることが多い。「関係」は支配関係で成り立っている。
・中国人経営者はいつも相手を支配しようとする(相手より上に立とうとする)ばかりで、相手に従うつもりはない。
・中国でビジネスを行う際に、最も重要となるのは「関係」(コネクション)である。「関係」は共産党上層部に便宜を供与できるかどうかにかかっており、一種のディールである。
・このことからも、中国は外国企業にとっては、決して参入しやすい市場ではない。
・こういった「関係」は明文化されたルールによって規定されておらず、両者のバーゲニングも中国人と中国社会の独特な暗黙知によって決まってくる。
21. これまでの40年間の中国経済の成長は民営企業が牽引してきたと言っても過言ではない。しかしここにきて、習近平政権は民営企業へのコントロールを強め、結果、経済の減速を招いている。共産党政権にとって、民営企業が巨大化して力を得ることは、共産党政権の終焉にもつながるため、決して受け入れることができない。
・中国は毛沢東が死去する1976年まで完全な計画経済で、民営企業は存在しなかった。
・鄧小平の「改革・開放」により民営企業が現れたが、その手法は国有企業を民営化するのではなく、民営企業の参入を徐々に認めるようになったことである。
・これまで共産党公式文書における一貫した見解は、あくまで国有企業が主役で、民営企業は補佐役である。
・中国経済の奇跡的ともいえる急成長の多くは、民営企業によるものだったが、ここにきて、習政権は民営企業へのコントロールを強化している。その結果、中国経済は大きく減速している。
・中国の民営企業はいわゆる隙間産業を中心に成長してきた。アリババ、テンセント、百度などは、いずれも国有企業が参入していない分野で、急成長を成し遂げた企業である。
・しかし一般的に中国企業の平均寿命はわずかに2年3か月程度といわれている。
・さらに、民営企業の経営者に対する粛清も既に始まっている。
・中国ではBATHといわれる、百度(バイドウ)、アリババ、テンセント、ファーウェイは中国経済のさらなる成長を支えている。
・中国人は基本的に技術をコツコツ磨くことよりも、金儲けのビジネスモデルを考案することに比較優位がある。
・百度、アリババ、テンセントはハイテク企業というよりも、ビジネスモデルの考案に成功した企業であり、参考になるビジネスモデルはすでに米国に存在していた。
・アリババ傘下の企業の上場が直前に差し止められたり、アリババとテンセントが独占禁止法違反で罰金を科されたり、という状況がある。
・これらの民営企業はこのまま、国有化されないかもしれないが、将来的に「公私合営」の混合所有制になる可能性が高いと思われる。
・本来なら、経済が成長すれば、共産党の統治を強固にすることができる。その成長には民営企業の成長が大きく貢献するだろう。
・しかし共産党にとって、民営企業が巨大化すれば、中国経済は社会主義体制ではなくなり、資本主義国ということになる。ゆえに中国共産党はそれを許すことが出来ない。
22. 中国経済は輸出依存型の外向経済である。このモデルは大成功して中国を世界第2位の経済大国に押し上げているが、世界で存在感を誇示できる中国ブランドがほとんどないことには、少し違和感を覚える。
・中国経済は基本的には、輸出依存の外向型ということができる。2017年の中国輸出依存度は19%となっている。
・このモデルが成功したのは、外国企業の直接投資を誘致して、資本と経営ノウハウを中国に持ち込んでもらい、中国の兼価な労働力とハイブリッドさせて、中国で製造された安い製品を輸出して外貨を稼ぐことができたためである。そして中国は世界の工場となった。
・その主役はあくまで中国に進出した外国企業であり、残念なことに海外で売られている中国製品のほとんどは外国ブランドのものである。
・世界第2位の規模を持つ中国は世界的自国ブランドがほとんどない。
23-1. 中国人の資質:中国人は口では必要以上に強がり、態度で相手に負けてはいけないと考えがちだ。さらに謙虚になることは不得意で、大国らしく堂々とすることをよしとする傾向にある。
・中国人の資質として、口では必要以上に強がる傾向がある。「戦狼外交」も一部はこの性質に起因しているかもしれない。
・中国人は中身の損得よりも、態度で相手に負けてはいけないと考える傾向がある。
・中国人にとって最も苦手なのは、謙虚な態度を示すことだ。大国らしく堂々と振舞うことを非常に大切と考えている。
23-2. 中国人の性質:中国人は面と向かってメンツを潰されるのを最も嫌がり、自分を褒めてくれる相手に対しては、たとえそれが嘘でも倍返ししようとする。この性質は外交面では、敵を友に変えるのではなく、ますます敵対してしまうという弱点となっている。
・中国共産党は中国の事を褒めてくれる外国人を「朋友」と呼ぶ。
・中国人が最も嫌がるのは、面と向かってメンツを潰されることである。
・中国人は自らを褒める相手に対して、たとえそれが嘘であっても倍返ししようとする。
・だが、本来の外交政策は、敵を友に変えていくことであろう。この点は中国外交の一番の弱点なのだろう。敵をますます敵対させてしまうのが中国外交の特徴である。
・中国が発展している内は、工業製品などを輸出しようとする国は中国に対して斟酌・迎合するだろうが、中国経済が減速した場合に、これらの「友好国」はおのずと離れてしまうだろう。
・中国人は他の国の人と同じように、自国の文化を誇りに思う人がほとんどである。輝かしい古代の中華文明を持っているため、一部の中国人は外国と外国人を下に見る傾向がある。
・今の中国は21世紀のグローバル化の現実を無視して、ありとあらゆることについて、責任はすべて相手にあると主張する怪物になってしまった。
23-3. 中国人の資質:金を稼ぐビジネスモデルの考案が得意
・中国人は基本的に金を稼ぐビジネスモデルを考案することに長けている。長い時間をかけて技術力を磨いていて、進化させていくというのはむしろ不得意分野である。
・アリババはネット通販のビジネスモデル考案に大成功した企業である。
23-4. 中国人のDNA:中国数千年の歴史の中で、中国人は「奴才」(権力者に反抗しない奴僕)のDNAを醸成した。しかし、その反面、自分よりも立場の弱い者に対しては徹底的に冷淡な態度をとる。現代中国人は極端な利己主義者となっている。
・中国語には「奴才(どさい)」という言葉があり、主人に100%支配されていることを意味している。この言葉こそ中国社会における人間関係を如実に表している。
・中国数千年の歴史の中で、中国人は権力と権力者に服従する自己防衛の遺伝子を身に着けた。それは「奴才」(権力者に反抗しない奴僕)の精神であり、その半面、自分よりも立場の弱い者に対しては極端に冷たい態度をとる。
・現代中国において、個々の中国人は極端に利己主義者になっている。それにもかかわらず、個を捨てて国につくせと言う愛国主義を煽られている。
24. 香港と台湾の本当の意味での重要性は、彼らが自由であることにより中国経済を推進していく力となっていたことである。しかし、北京はその必要性を認識していない。
・中国経済において、香港と台湾の持つ本当の力は、国の経済をけん引するための原動力としての地位を占めていることだ。
・香港はこれまではレッセフェール(自分放任)の自由な港であり、アジアの主要な金融センターだった。
・中国経済成長の持続には、国際社会とのゲートウェイの役割を果たしている香港と台湾を大切にする必要がある。しかしその必要性を、北京はまったく認識していない(p.139)。
・1990年代後半、広東省の自動車と機械の産業クラスター形成に加え、ICT産業の急速な台頭は、中国の対外経済のゲートウェイである香港から様々な文化の流入があったから飛躍したといえる。
・将来的に中国が経済発展を続けていくためには、香港と台湾における自由が最も大切な要素の1つとなる。
25. 「改革・開放」を機に、誘致された外国企業は資本と経営ノウハウを中国に持ち込んだ。このノウハウと中国人の向上心が化学反応を起こして中国経済は奇跡的な成長を遂げている。しかし、習近平政権は国有企業の強化に舵を切っており、時代に逆行する動きを見せている。
・昔の中国は、国有企業しか存在していなかったが、「改革・開放」を機に、外貨不足を補う目的で、中国企業との合弁という形で外国企業の直接投資を誘致した。
・そのマネジメントは国有企業とは異なり、外国企業に準じたものであった。
・外国企業は資本と経営ノウハウを中国に持ち込んだ結果、多くの中国人経営者が育成された。その目覚ましい成長は、中国に進出する外国企業と中国人の向上心が化学反応を起こして奇跡を産んだためといえる。
・最近、習近平国家主席は「国営企業をより大きく強くしていかなくてはならない」と宣言している。資源を独占している政府は国有企業をM&Aなどで大きくすることはできるが、強くすることはできない。
26. 中国では文化と自由が阻害されておりイノベーションや独創性が醸成されにくい土壌となっている。習政権はさらなる情報統制を進めており、ここまで高成長を遂げていた経済成長の持続が危ぶまれている。
・習近平政権の主なメンバーは文化大革命時に初等教育を受けており、当時の基礎教育には、教養を蓄積する手段が驚くほど少なかった。
・真の強国になるには、強い技術力や経済力、あるいは軍事力だけでは不十分で強い文化力が必要になる。そのためには、学問、思想、報道、言論の自由が大前提となる。
・自由のない国では、イノベーションが活性化しない。人々のマインドが厳しくコントロールされる中で、いかなる創作活動やイノベーションも思ったより機能しない。
・中国は近代的な制度構築においても遅れている。優れた制度がなければ優れた技術は生まれてこないし、経済成長も持続できない。
・これまでの経済成長は中国人の何にもめげない向上心のたまものである。
・中国ではインターネット利用者は8億人を大きく超えているが、国内で使える検索エンジンは「百度」のみでgoogleを使えないうえ、海外の多くのサイトを閲覧できない。
・天安門事件以降、人々の記憶に残るような映画や文学作品がほとんど生まれなくなった。
・習政権になってから、出版物と映画は基本的に共産党と共産主義を謳歌するものでなければならず、リベラルな作品のほとんどは発禁処分になっている。
27. 習政権は「千人計画」 により、最先端の科学技術の頭脳を集めての強国復権を夢見ている。しかし、このような人材を一網打尽にするやり方は、国際社会で大きな脅威とみなされ、むしろ警戒感を呼び起こす結果となっている。
・経済と軍事を支えるのは先端技術である。今日の国家間の競争は、先端技術を巡る競争であり、科学者などの人材を獲得競争である。
・習政権の強国復権の夢は、経済規模と軍事力に加えて、それらを支える技術力を世界一にすることだ。だからこそ、「中国製造2025」計画や「千人計画」が考案され実施されている。
・米中対立の中で注目を集めているのは「千人計画」という人材リクルートプログラムである。中国人エリート科学者を中国国内に呼び戻し、かつ外国人の一流科学者も招へいの対象としている。
・そこで問題となるのは、在外研究者がその研究成果を(研究機関や企業ではなく)個人所有しているかどうかである。
・最も悪質なやり方は、中国人研究者が海外の研究機関に在籍しながら、研究成果の一部を中国にもたらすことである。
・このような人材を一網打尽にする「千人計画」は、国際社会で大きな脅威とみなされている。
・2018年、北京で開かれたフォーラムで精華大学の胡鞍鋼教授は「我が国の科学技術レベルはすでに米国を凌駕した」と豪語した。その発言は北京の多くの指導者をミスリードしてしまった。
・中国の経済と産業の発展が著しいことは否定できないが、その等身大の実力をきちんととらえ直すことが肝要ではないだろうか。
・中国では製造業の技術力を反映する工作機関の技術が最重要視されているが、ローエンドとミドルエンドの工作機械の国産化率は順調に上昇しているのに対して、ハイエンドの工作機械の国産化率はほとんど上昇していない。
・エレクトロニクス産業に限って言えば、67%の輸出は中国に進出している外資系企業によるものといわれている。中国のハイテク産業を主導しているのは、いまだ外国企業だと言う現実がある。
・今後、先進国は中国人研究者を受け入れることについて、警戒を強める可能性がある。1つは中国の知財権侵害による経済的損失、更に問題となるのは、社会主義国中国に知財権が侵害される場合の国家安全保障上の危険性があまりに大きいとみなされるからだ。
28. 長年にわたる愛国教育、中国政府のプロパガンダ、愚民教育の継続、情報統制により主に40代後半以上の世代は、マインドコントロールされ思考欠如状態に陥っている。若い世代はインターネット、海外旅行、留学等を通じて、海外の情報に触れる機会も増えており、若い世代が中国社会の主人公になり、変革を起こしてくれるのが待たれる。
・90年代に入ると、中国人は海外の事をかなり知ることが出来るようになったが、政府共産党が作り上げたプロパガンダは、事実と大きく乖離し、ねじ曲げられていた。
・ねじれた社会で生活する中国人の中にはそれを信じる者も大勢いた。信じる人の多くは、thoughtlessness(思考欠如)(ハンナ・アーレント)の人たちだった。
・中国人の40代後半以上の世代は、しっかりした愛国教育を受けており、その見識は改革・開放初期の状態にとどまり、マインドコントロールされている傾向が強い。
・年齢層の若い世代はインターネットを通じて海外の情報に接する機会が増えており、北朝鮮と違って、情報を完全に遮断することが出来なくなっている。
・中国で実施されている愚民教育は、長年それが繰り返されてきたので、最近では徐々に自己完結するようになった。思考欠如の人が一番マインドコントロールされやすい。特に高い年齢層の世代にはその効果が依然として顕著に残っている。
29. 中国数千年の歴史の中で、平等な社会など実現したことがなく、比較的平等という状態ですら経験したことがない。鄧小平が提起した「先富論」は中国社会にピッタリ合う考え方である。常に弱者は犠牲にされる傾向がある。習近平政権下で、社会主義ではなく王朝政治と化している。
・中国社会はこれまで平等な社会など一度も実現したことがなく、中国の数千年にわたる王朝の時代でも、比較的平等になった時代はほとんどなかった。鄧小平が提起した「先富論」は中国社会の気質にピッタリ合う考え方である。中国共産党は全ての中国人を平等に豊かにすることなどできないのだ。
・日本では災害時等にオールジャパンで乗り越えようという機運が高まるが、中国社会が災害を乗り越える秘訣は、それを忘れることである。中国社会では弱者層が常に犠牲にされる。
・習政権になってから、北京の住宅街に点在する小さな飲食店と北京戸籍を有しない従業員を「低端人口」と称して、域内排除している。まるで首都北京に住み着いたネズミを撲滅するようなキャンペーンだ。
・習政権下の中国社会はマルクス=レーニンが定義した社会主義ではなく、歴史に逆行して王朝政治と化している。
30. ①生活の不自由さ、②寛容度のなさ、③腐敗の深刻さなどの要因により中国の幸福度は低い(94位)。
・国連加盟国の幸福度(Ranking of happiness)では、2017-19年、中国は世界の94位(注:日本54位)になっており、決して幸せな国とは言えない。幸福度を大きく下げているのは、①生活の不自由さ、②寛容度のなさ、③腐敗の深刻さなどの項目である。
・中国政府が統制されたメディアを用いて「われわれの生活は幸せだ」とプロパガンダを作り上げても、何の説得力もない。
31. グローバル社会のリーダーが不在となり、各国が自国最優先に走っている現状で、東アジアの地政学的リスクは日増しに高まっている。
・グローバル社会で地政学的リスクが高まる一番の背景は、強いリーダーシップを取れるリーダーの不在ではないだろうか。近年、トランプ大統領のアメリカファーストに端を発した各国の政治指導者は自国の利益を最優先にしている。あの、世界の警察と言われた米国ですら、他国への介入を縮小する傾向にある。
・こうした中で、グローバル社会の権威が事実上不在であるため、地政学的リスクは日増しに高くなっている。国連をはじめとする既存の国際機関はそれをコントロールできないので、リスクはクライシスに発展しやすい環境になっている。コロナ渦はその典型と言えよう。
・国際社会は今日、経済活動を通じて密接に入り混じってグローバル化されているにもかかわらず、地政学的リスクを管理するメカニズムが用意されていない。
・本来、グローバル社会のすべてのメンバーは同じ舟に乗っているにもかかわらず、自国の利益だけを最大化しようとしている。
32. 共産党政府は、自由民主主義は避け、人民を幸福にすることでその正統性を主張している。中国人は豊かな食事が出来ることを幸せと考えているようだ。中国の民主主義国家への道は遠く、不安定な社会状況を経て、何度かの世代交代を待たなくてはならない。
・中華人民共和国の建国後、毛に対する個人崇拝が強化され、中央集権的な専制政治が行われてきた。
・改革・開放以降の中国の教育と公式メディアは、一貫して自由と民主主義の議論を避け、人民を幸せにすることでその正統性を誇示しようとしている。
・「民以食為天(民は食をもって天となす)」を信奉する中国人は、豊かな食事が出来ることを幸せと考えているようだ。今日の中国では、「豊かな食事」と「自由・民主主義」は二者択一の関係にあるようにみえる(p.314)。
・中国が民主主義国家になるための道は、とてつもなく長い道のりだろう。少なくとも毛の遺伝子を受け継いだ元紅衛兵たちの引退を待つ必要がある。その次、あるいはさらに次の世代になって、専制政治の岩盤が緩んでくるまで、社会も政治も不安定な状況に甘んじなくてはならない(p.315)。
・この記事は『「ネオ・チャイナリスク」研究 ヘゲモニーなき世界の支配構造』(柯隆,2021年5月,慶應大学出版)の要約ですが、若干管理人の主観(解釈)も含まれています。
・また、本書の構成からは離れて、本全体にちりばめられているエッセンスを管理人なりに集約して、項目を作成しています。もし、著者の本来の趣旨とは少し異なる解釈になっている場合にはご容赦ください。
・記述内容の中で本書から直接引用している箇所については、青字にして頁番号を記載しています。万が一、記載部分以外にに頁番号を付していない箇所がありましたらお知らせください。また、引用以外にも本書と類似した記述がありますが、極力同じ表現を用いないように注意をはらっています。
・『「ネオ・チャイナリスク」研究 ヘゲモニーなき世界の支配構造』は300頁を超える書籍で少しボリュームがありますが、非常に素晴らしい本です。興味を持ってくださった方がいらしたら、是非、この本を読んでみてください。
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