はじめに
認知症者の方が書かれた本を読みました。
以前、家族が認知症になった私にとっては青天の霹靂でした。
これまで認知症者の立場から世界がどのように見えているのかを理解することは出来ませんでした。
いろいろなご意見があることとは思いますが、私自身は希望を持つことが出来るようになりました。
最初に本の作者である3人の方を簡単にご紹介したいと思います。
佐藤雅彦さん
大学卒業後、中学校の数学の教師を経て、システムエンジニアとして勤務。
51歳の時、アルツハイマー型認知症と診断される。
認知症の全国組織、日本認知症ワーキンググループを立ち上げ、共同代表に就任。
2021年現在67歳、ケアハウスで一人暮らしをしている。
(出典:佐藤雅彦公式ホームページ)
クリスティーン・ブライデンさん
イギリスに生まれる、イギリス製薬会社で研究者として働く。
20代の中頃、オーストラリアへ。前夫と出会い結婚、出産。
官僚としてオーストラリア首相の科学政策顧問を勤めるなど活躍。
46歳でアルツハイマー病の診断を受ける(娘 イアンス20歳リアノン14歳ミシェリン10歳)、退職。
前頭側頭型認知症と再診断。
ポール・ブライデンと再婚。
認知症啓発支援ネットワーク(DASN)を結成(翌年、DASNIになる)
長谷川和夫さん
日本の医学者、精神科医。
診断の物差しとなる長谷川式簡易知能評価スケールを公表。
「パーソソン・センタード・ケア」を普及し、認知症医療だけでなく、ケアの第一人者としても知られる。
2017年に嗜銀顆粒性認知症であると判明。2018年に自らが認知症であることを告白。
2021年11月13日老衰のため死去、92歳(ご冥福をお祈りします)。
(出典:BOOK著者紹介情報等)
認知症の始まり -どんなことが起こったか-
佐藤雅彦さん
- 課内会議の議事録が書けなくなった。
- 会議で話されている内容は分かるが、その要点をまとめることができない。
- 同時に2つの仕事ができなくなった。
- タイ国際空港で迷ってしまった(空間認知能力の障害)。
長谷川和夫さん
- 今日が何月何日で、どんな予定があったのか分からない。
- 自分の体験の「確かさ」がはっきりしなくなってきた。
- 自分がやったことと、やらなかったことに対して確信が持てない。
- 「確かさ」が揺らぎ、約束を忘れてしまう。
クリスティーン・ブライデンさん
- 最初に失われる能力が仕事を維持していくことであり、どんなものであれ新しいことを覚えることは、誰にとってもほとんど不可能だ。
認知症とは何か(1) 「脳の器質的な障害」
80代、90代と年齢を重ねるとともに認知症になる人が増え、百歳を過ぎるとほとんどの人が認知症になるといってよいと思います。それほど不自然なことではありません。
私は80歳を過ぎてからなる認知症を「晩節期の認知症」と呼んでいます。これからはこの晩節期の認知症になる人がどんどん増えてきます。だから他人ごとではない、我事だと思って認知症のことを知っておくのが大切だと思います。
認知症であることを蔑んだり、恥ずかしいと思わせてしまったりする社会であって欲しくありません。
認知症とは、「成年期以降、記憶や言語、知覚、思考などに関する脳の機能の低下が起こり、日常生活に支障をきたすようになった状態」です。
もう少し詳しくいうと、①脳の器質的な障害があり、認知機能が低下していること、②脳の神経細胞と、神経細胞同士のつながりがはたらかなくなってしまうことを指します。
脳の神経系を構成している神経細胞は、複雑で精巧なネットワークを作って、言語をはじめ、さまざまな情報を伝達しています。このネットワークのあり方が、その人の知性や個性などを決めている。それが阻害されると、認知機能は低下します。
(長谷川和夫「ボクはやっと認知症のことがわかった」から)
認知症とは何か(2) 「日常生活に支障がでる」
日常生活に支障が生じることも重要な特徴です。認知症の本質は「いままでの暮らしが出来なくなること」だと言えます。認知症の本質は、暮らしの障害、生活障害なのです。
「じつは、自分は認知症なんですよ」と言える社会であることが大事です。暮らしとは周囲の人との関わりによっておおいに変わってくるものだからです。
アルツハイマー型認知症
物忘れなどの記憶障害や、時間や場所などが分からなくなる見当障害など、さまざまな認知障害が起こり、生活に支障をきたします。
脳血管型認知症
記憶障害のほか、歩行障害などが多く、排尿障害などが起こることもあります。
レビー小体型認知症
手足が震える、動作が遅くなる、筋肉がこわばる、身体のバランスがとりにくくなる、といった症状が見られます。特色として一番に挙げられるのが「幻視」です。
前頭側頭型認知症
人格や理性的な行動、社会性に大きく関係します。社会性が低下し、問題(例:万引き等)が生じることが多くなります。
認知症になる危険因子として最も大きなものが、歳をとることです。年齢が上がるにつれて、有病率がぐんとと高くなります。
(長谷川和夫「ボクはやっと認知症のことがわかった」から)
一万人コホート年齢階級別の認知症有病率
65歳以上の7人に1人は認知症などと言われていますが、上のグラフを見ると、70代まではそれほど多くないことが分かります。
85歳以上になると男性に対して、女性の有病率が高くなり、女性の2人に1人は認知症です。
更に、90歳以上になると女性の70%以上が認知症ですから、ならない方が例外と考えた方が良さそうです。
90歳を超えても頭がしっかりしている女性もいますが、私の周りは親が80歳を超えた頃から認知症が出てくる方が多いです。
このグラフを見ると、いずれ自分も認知症になることを前提に、その時点でどうするかを考えた方が良さそうに思います。
認知症の発症を遅らせるためには
認知症の予防は、「一生ならない」ことよりも、いかに「なる時期を遅らせられるか」が重要になります。
根本治療薬がない中、2019年5月にWHOが公表した初のガイドラインが注目を集めています。
①運動☆
②禁煙☆
③栄養☆
④飲酒☆
⑤認知機能トレーニング
⑥社会参加
⑦減量☆
⑧高血圧★
⑨糖尿病★
⑩高脂血症★
⑪うつ
⑫難聴
資料:WHO ガイドライン『認知機能低下および認知症のリスク低減』邦訳検討委員会(日本総研メディアライブラリー),「認知機能低下および認知症のリスク低減WHOガイドライン」(邦訳) )
ガイドラインで言及されている12項目は「生活習慣の見直し」「体の健康維持」「心の健康維持」の3つに分類することができます。
どの項目も日常生活の中で努力していくことが可能です。
ざっと見ていただいて分かるように生活習慣病を予防するための項目とかなり重なっています(☆はほぼ重なる項目)。
また★は生活習慣病ですから、とりあえず生活習慣病予防をすることで認知症予防にもつながります。
認知機能トレーニングについては、ワークブック等を使ってもいいし、日々の仕事の中で頭を使うことによって認知機能は鍛えられます。
社会活動については、社会参加や交流が少ないことで、認知症の発症率を高めると言われています。
また、難聴はコミュニケーションを阻害する要因になるため認知症のリスクを高めると考えられます。
認知症者の毎日(1) シンプルに、一度に1つの事だけ
認知症は「連続している」
認知症になったからといって突然、人が変わる訳ではありません。
認知症は「固定されたものではない」
私の場合、朝起きた時が一番調子がいい。
それがたいだい午後1時まで続きます。
午後1時を過ぎると、自分がどこにいるのか、何をしているのか、分からなくなってくる。
だんだん疲れてきて、負荷がかかってくるわけです。
夕方から夜にかけては疲れているけど、夜は食べることやお風呂に入ること、眠ることなど、決まっていることが多いから、何とかこなせます。
そして眠って、翌日の朝になると、元どおり、頭がすっきりしている。
生活環境をシンプルにすることも大事です。できるだけ単純なほうがよい。複雑な環境でないほうがよいです。
トイレがどこにあるとか、寝る場所の位置とか、大事なものほど覚えやすく、見えやすいようにし、動きやすいようにしておくことが大事です。
認知症の人は、同時にいくつものことを理解するのが苦手です。一度にいろいろなことを言われると混乱して、疲れの度合いが深まります。
(長谷川和夫「ボクはやっと認知症のことがわかった」から)
認知症者の毎日(2)
休息をとる、ゆっくり話す、一生懸命やる
「むきだしの自己の中核だけが残る」。今の私は、まるで昔の私のスローモーション版だ。
すべてのものにストレスを感じやすくなり、そのストレスそのものが病気を悪化させる。
頭の中全体にぼんやり霧がかかっていて、何をするにも大変な努力とコントロールが必要だ。大変な努力を払わなくては、いつも間違ってしまう。
一生懸命やろうと努め、よく休息をとり、少しも疲れていない限り、私は大丈夫だ。その時は、ほとんど正常といっても通るだろう。でも心の中では、まるで絶壁に爪を立てて張り付いているように感じている。そこに居るためには、大変な努力がいる。
ばかなことを言わないようにゆっくり話すし、質問は避ける。
私は買い物リストがないと、思い切って店へ出かけても意味がない。
日記が無ければ、今日は何の日か、誰が何をしているのか、どこにその人達がいるのかなど思い出せない。
私は一度に1つしかウインドウが開けられないし、1つしかアプリケーションを起動させられない。
どんなに頑張って努めても、物事や言葉は私の意識からすぐに消えていく、私のザルのような頭は、どんどん漏らしてしまう。たた大きな空白があるだけだ。
テレビの中で人が話しているのが早すぎたり、はっきりしなかったり、背景の雑音や音楽が、話と同時に流れているだけで分からなくなることもある。
騒がしいレストランや、大きなグループではなく、小さな場所、静かな夜、2,3人の友人ということを守る。
(クリスティーン・ブライデン,桧垣陽子訳「私は誰になっていくの?」から)
認知症者の毎日(3)
疲れやすい、手書きは難しい、言葉を失う
電話の向こうで音楽や話し声などの雑音があると、誰が話しているか、何を話しているかがわかりにくい。
言葉が出ない時、妙な類似表現を使ったりする。例えば、横倒しになっている瓶の事を、「冷蔵庫の中で平たく寝ているあの瓶」、郵便受けのことを「切手を貼った手紙を入れるあの箱」と呼ぶ。
最近習ったのに、コンピュータは手書きに比べてずっとやさしい。頭と手の連携に何が起こっているのだろう。
私はまだかなり早く黙読ができる。声に出して読むとき、口は普通の早さで動かすことができない。
私はすぐに疲れてしまうが疲れた時の私は、ぜんまい仕掛けのおもちゃが切れて止まってしまったように感じるし、そう見えるようだ。ミシェリンはこう言った。「ママはロボットのようだわ。もうしゃべるのを止めましょう」
日常の決まったやり方というものはきわめて重要だ。私は、その週の毎日の仕事を決めておくだけでなく、モノを置いておく場所も決めておいた。もし、ある品物がいつも置いてある場所になければ、どこにあるのかずっと忘れたままで、置いてある場所を思い出すことは二度とないということだ。
私が逆上モードにならないために、もう1つ必要なことは「パーセラピー(ゴロゴロ猫療法)」である。膝の上にゴロゴロ喉を鳴らす猫を抱いて座っていることが、治療に役立つのだ。
いつ、どんな機能が失われるかは、誰にも予測できない。
計算能力は、病気のきわめて初期に失われる。手で書くことはとても難しくなってきた。
階段を上がったり、平らでない所を歩くには、そのことに集中する必要がある。何か別の事と一緒に、例えば話をしながらそうしようとすると、自分の足につまずいてよろめいてしまうのだ。
(クリスティーン・ブライデン,桧垣陽子訳「私は誰になっていくの?」から)
具体的な工夫
日付と曜日が分からない | 日付と曜日が表示されている時計を買う。 パソコンに表示させる。 |
昨日の事を覚えていない | パソコンで日記をつける。 (ノートや手帳は無くしてしまう) |
予定や約束を忘れてしまう | PCでスケジュールを管理し、朝起きたら確認する。 約束は1日1件。約束の時間に携帯のアラームをセットしておく。(入力は頼む) |
物をよくなくす | 定位置に置くようにする。 |
同時に複数のことが出来ない(同時に2人以上の人と会話できない) | 同時に2つのことをしない。 2人一緒に話さないでくださいとお願いしておく。 |
番号をスムーズに押すことができない | 携帯電話に番号を登録する。 |
電話内容を忘れてしまう | 大事な用件や約束はメールで連絡を取り合う。 |
携帯電話をどこに置いたか分からない | 定位置に置く。 固定電話から電話して呼び出し音で探す。 |
薬を飲んだかどうか分からない | お薬カレンダーに1週間分の薬をセットする。 飲み忘れがないか該当する薬の有無を確認。 薬を飲む時間を決めてアラームをセット。 |
火を使っていることを忘れてしまう | 火を使うときは絶対にその場を離れない。 |
お金を引き出したことを忘れてしまう | 引出時に記帳。使用目的を通帳に記入。生活費は前半と後半に分け、前半に使い過ぎたら後半は節約する |
請求書をよく失くす | 1か所にまとめておく。 すぐに支払いに行くか、最初からカードで払う。 |
新しい場所に1人で行けない | 同行してくれる人を探す。電車を利用する場合は、事前に経路と到着時刻を調べておく。 |
トイレの場所が分からない | 恥ずかしがらず人に尋ねる。付添人を頼む。 |
スーパーの商品の位置が覚えられない | 短時間に効率的に買い物をしようという考えを捨てる。 |
買い置きしてある物を買ってしまう | 「買ってはいけない物リスト」を作る。 |
財布に小銭が溜まる | できるだけカードで払う。 (細かいお金の計算ができないので) |
(佐藤雅彦,「認知症になった私が伝えたいこと」から)
どんな風に暮らせばよいのか:佐藤さん
楽しみ、張り合いのある暮らしを送る。①好きな音楽のある日々②趣味を持つこと、③世の中の役に立つ喜び
体調の良い時と悪い時の差が激しいので、何もする気力がなくなるときがあります。①私の場合はまず起きられなくなります、②テレビの音がうるさくなってきたら黄色信号、③周囲の反響音でも嫌になると赤信号です。メーターでいうと振り切れている感じです。
だから疲れやすいのです。自分の力ではどうにもならないときは、あえて何もしない。
認知症になったら、何もわからなくなる訳ではなく、自己が崩壊する訳でもありません。出来ることはたくさん残されています。完璧に生活する必要はなく、失敗してもいいのです。
認知症になることはけっして不幸なことではありません。できなくなることも多いですが、出来ることもたくさんあります。本人は何も考えられない人ではなく、豊かな精神生活を営むことが出来る人です。老いたり、生活が不自由になっても、だれもが自分らしく堂々と生きていける新しい世の中になって欲しい。
《症状を進めない秘訣》
- できることは、自分で進んでやる
- 外に積極的に出て、活動する
- 何事も、やる前から無理だとあきらめずに、まずは始める
- ストレスがたまることはすぐ止める
- 何事にも関心を持つ
- 十分な睡眠をとり、規則的な生活を送る
- 周りの人は、あれはだめ、これもだめ、と過保護にしない
- 美しいものを見たり、楽しいことをしたりして、気晴らしをする
- 生かされていることに、感謝する
- 役割をもって、充実した人生を送る
(佐藤雅彦,「認知症になった私が伝えたいこと」から)
どんな風に暮らせばよいのか:長谷川さん
音楽も絵など、美しいものに触れると心が刺激され、癒され、満たされます。
認知症が進んでも、嬉しい、悲しいといった喜怒哀楽の感情は最後まで残るといわれます。できるだけ美しいものを観たり、聴いたり、味わったりして過ごしたいと考えています。
生きることはやはり大変です。たくさん不都合なことが起きますが、やはり、これじゃいかんと耐えて、自分を奮い立たせて生きる。それこそが、長生きしている者の姿ではないかと思います。
認知症になって失ったものも、もちろんあるけど、世界が広がりました。クリスティーン・ブライデンさんは「私は最も私らしい私に戻る旅に出るのだ」と言いました。
「いま」という時間を大切に生きる。生きているうちが花です。
暮らしの中で笑いを大切にする。
(長谷川和夫「ボクはやっと認知症のことがわかった」から)
社会(みんな)が出来ること
認知症になって、物忘れが甚だしいし、自分のやったことの確かさがはっきりしなくて、とても不便。
ただ、それでも、特に人様の前に出る時には大丈夫なように装って、大丈夫だぞ、と自分に言い聞かせ、少し嘘をつくような感じでやっていたら、それなりに大丈夫だということが分かってきました。
決してやってはいけないことが1つあります。それは自動車の運転です。これだけは絶対、止めた方が良い。事故を起こして、人を傷つけたら大変です。
「運転しようとして車に乗ると、困ったことが起こり始めた。どのペダルが何なのか、足をどこに置けばよいのか、思い出せなかったのだ」(クリスティーン・ブライデン)
昔、我が家の近くに住んでいた義父が訪ねて行った私たちが誰だか分からなかった時、下の娘がこういいました。
「おじいちゃん、私たちのことが分からなくなったみたいだけど、私たちはおじいちゃんのことをよく知っているから大丈夫。心配いらないよ」。それを聞いて、義父はとても安心したようでした。
認知症と診断された人は「あちら側の人間」として扱われていると思うことがあります。
認知症の人と接するとき、「こうしましょうね」「こうしたらいかがですか」などど、自分からどんどん話を進めてしまうと、認知症の人は戸惑い、混乱して、自分の思っていたことが言えなくなってしまいます。その人が話すまで待ち、注意深く聴いて欲しいと思います。
認知症の人を、ただ「支えられる人」にして、すべての役割を奪わないということも心掛けてもらいたい。
認知症の人に接するときの心得として、「騙さない」ということも挙げておきたい。
ノンバーバルコミュニケーションといって、言葉によらないコミュニケーションも出来ます。
(長谷川和夫「ボクはやっと認知症のことがわかった」から)
出典となった本のご紹介
佐藤雅彦,「認知症になった私が伝えたいこと」,2014,大月書店
長谷川和夫,「ボクはやっと認知症のことがわかった」,2019,㈱KADOKAWA